れーこの叫び                 

仰げば尊し



じゅんじさんは
今回落語に走りましたが
私は落語をかたるほどの知識も情熱もなし
私は私で旬のものを・・・



卒業式が目前である。
私のではない、ムスコのである。

とりあえず、私の関心事は当日の着物
そりゃあ、だって、
このごろ 人様に偉そうに教えている手前
意識をしてしまう凡人れーこだ。
ま、それがなくても 何を着るかは
女の楽しい悩み、着物が着られるとなりゃあ
張り切って悩もうさ

いやいや、着物はおいといて
卒業式といえば定番なものがある。
私の苦手とする分野のアレだ。

なみだ。泣くこと。

とても苦手かも知れない。

思い起こせば、あまり私は泣かない。
泣いたことがない、は嘘だ。ある。思いっきりある。
でも、
テレビや映画を見て泣くなんてことはない。
テレビの中では、かわいらしいタレントさんがよく泣くが
不思議でしょうがない。
でも、じゅんじさんも「初めてのお使い」や「金八先生」の
ビデオをみては おもいっきり泣くから そちら側のが多いのだろう。

まあ、映像じゃねというわけでもない。
実生活でも 自信の卒業式や結婚式、はたまた葬式
セレモニー関係を思い返してみてもやはり泣いたことがない
自分の結婚式もずっと笑っていた。
お父さんとの例の時は神妙な顔をして
泣くべきかとも思ったか涙は出てくれなかった
子どもの誕生、卒業に関しても
今までは 感動はあっても
涙はなしである。

別にれーこの心が石や氷でできているわけではないし
感じることは感じるのですよ
いろいろと寂しさや嬉しさや哀しさや
それが涙とは別になっているようなのだ

さめざめと泣く、お母様方を見て
ちょっといいなあと思う
ちょっと真似をしてもみる。
でも、嘘をしている自分が 恥ずかしくて
やめる。

記録は嫌いな私だから 
しっかりと記憶にしておこうと
まっすぐ 見つめて 感慨にふけって
卒業式は 終わる。

今までそうだった。


いったい、どうして人間は泣くのでしょうね。
はい、目の保護のためです。
そうねえ、アレルギーではよく涙がでるなあ

ちがうって、物理的な話ではないし!
一人ツッコミをしてしまいました。
そう、情緒の涙。

喜怒哀楽でいえば
嬉しくて泣いた、ないなあ。
怒、怒って泣く
これも考えにくい
頭真っ白で何も考えられない状態か、
程度が低いとエネルギーが全部相手の攻撃に向いているし


これが一番ありえるかあ
でも、悲しいという感情があまりおきないんだよね
日常ではあまりない
だから、悲しいと思うときは
ホントに
ああ、これは私の手には及ばないと
ドカッと感じたとき
思わず泣いた

あと、きつ~~い失恋時に泣き暮らしたかな


楽、で泣くのは
ツボにはまって笑いすぎて
おなか痛くなって泣いた時
これは幸せだよね
泣くのは、この泣きだけにしたい



ああ、やはり
私には卒業式で泣くのは ないかもしれない

感慨で呆けるということは、感極まると
ぜんぜん違う方向のような気がする。


ともあれ、小学校卒業式はこれで最後
年をとって、情緒がちったあ変わっているやもしれぬ。
泣けたら、年をとったと思うか、
それだけムスコへの感慨が深いと読むか

それでも もし泣けてしまって 涙が出てきてしまったとしても
まっすぐ前を見て ムスコを 記憶に入れておこう。






今こそ 別れ目
いざ、さらば



去らば 如何にせん、何処へ行かん

そして、中学 人生は続く



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